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| 名もなき人々の悲喜劇を巧みな言葉さばきで綴る短編作家。 | |
| カルメーロ・チッチャのご紹介 | |
| 百聞は一見にしかず、まずはとくと彼のお顔(下の写真左)をご覧あれ。何だか朗らかでいい人そうだ。 カルメーロ・チッチャは1934年、シチリア(Sicilia)島で生まれた。東部にある都市カターニャ(Catania)から内陸へ20キロ、パテルノ(Paterno)という町である。これが、パテルノの写真(下の写真右)。町の全貌なのか一部なのかは定かでないけれど、僕には美しい町に見える。 シチリアは戦中・戦後とずいぶん過酷な歴史を辿った島だけれど、パテルノも1943年に激しい空爆にさらされ、数分間で5000人以上の死者を出したこともあった。当然ながら、ほぼ壊滅状態にさらされた故郷での生活は混迷を極めた。そんな窮状に喘ぎながらも、彼は57年には輝かしい成績でカターニャ大学文学部を卒業。すぐに高校教師としてのキャリアをスタートさせる。 ![]() 59年にシチリアを離れたチッチャは、ヴェネト(Veneto)州に引越し。どのような理由で引越しをすることになったのかは不明だが、日本で言えば鹿児島から北海道に行くような感じだろうか。生活環境が大きく変化したことは間違いなさそうである。ヴェネトでも高等学校で教鞭をとる。現地の女性と結婚して子供をもうけ、トレヴィーゾ(Treviso)県はコネリアーノ(Conegliano)市を安住の地とし、現在に至っている。 チッチャの文学活動は多岐に渡っている。僕たちが紹介しようとしている短編小説の他にも、エッセイや文芸評論を中心として精力的に執筆を重ね、ヴェネト州やシチリア州の新聞や雑誌に多数の連載を抱えていた。とりわけ評論家としての評価は高く、近年の活動はそちらに比重が移っている。また、詩人としての側面もあり、その成果は一冊の詩集にまとめられている。これまでにいくつもの文学賞を受賞し、何冊かは英語やフランス語にも翻訳されている。 ODCが閲覧者の皆さんにご紹介したいのは、何と言っても短編作家としてのチッチャである。以上のようにチッチャの功績をまとめてから言うのも何なのだけれど、はっきり言って彼はそんなに有名ではない。チッチャの作品がベストセラーになったりするようなことは断じてない。けれど、彼の放つ「おもしろフェロモン」はただ事ではない。僕たちが彼を知ることになった経緯についてはまた別の機会に触れるけれども、有北クルーラーは初めて読んだその日から、「いつかはちゃんと翻訳したい」と意気込んでいたようで、昨年のODC結成以来、チッチャを紹介することは重要な課題となっていた。 チッチャの短編集で最も内容が充実しているのは、“Storie paesane”という本で1976年に出版されたものだ。タイトルの意味は「田舎の物語」といったところだ。この本は売れ行きが良かったからだろうが、翌年にコルボスという画家の挿絵を散りばめた決定版のようなものが出版されている。“STORIE PAESANE e altre novelle”というのがそれだ。タイトルを直訳すると、「田舎の物語とその他の短編」である。僕たちが手に入れたのは後者のほうで、タイトルにもあるように、収録されている作品数が増えている。もともと22本だったものが50本になっている。1年間で倍以上に膨れ上がったわけだ。とはいっても、わずか1年の間に28本も書いたというわけではなくて、シチリア時代から書き溜めたものをここぞとばかりにぶち込んだというのが実態らしい。味をしめたというか、調子に乗ったというか、微妙なところではあるけれども、ともかくそんな本だ。 僕たちが「悩ましき翻訳の日々」のコーナーで最初にチョイスしたのが“Il nuovo barbiere”という作品。直訳すると、「新しい床屋」。この本の中にはドラマチックな悲劇やドキュメント形式の作品も多いのだが、僕たちは何よりもユーモラスな職人賛歌であるこの作品に目をつけた。 執筆は1973年6月6日。同年、ローマ市が主催した「ウンガレッティ賞」にノミネートしている。ちなみに、この作品は初版から掲載されている。 <文:ポンデ雅夫> |
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