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デ・シーカじゃありません、デ・セータです。1923年生まれですが、まだまだ現役。独自の眼力でドキュメンタリー映画に映像美を盛り込む稀有な監督。家 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ヴィットリオ・デ・セータのご紹介 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ヴィットーリオ・デ・セータの名前を聞いて、「おいおい、ヴィットリオ・デ・シーカの間違いじゃないの?」と言うのは、ある種、妥当な反応だと思う。しかも、デ・シーカの名を知っているという点で、割りとイタリア映画に詳しい人のそれだろう。一方で、「ほう、デ・セータか。イタリアのドキュメンタリー作家だね」という反応は、ドキュメンタリー映画に精通した、しかもかなりの情熱を持って取り組んでいる映画愛好家のそれではないかと、日本における現状のひとつの例えとして考えている。少なくとも、イタリアで実際に彼の映画を見るまでは、僕自身が完全に前者のひとりであった。イタリア映画を代表する監督であり、人気俳優でもあったヴィットリオ・デ・シーカ(Vittorio De Sica)と、名前の14文字中12文字までが一緒のヴィットーリオ・デ・セータ(Vittorio De Seta)。「へえ、そんな人がいるんだ」、それが僕が持った最初の、ヴィットーリオ・デ・セータの印象である(下の写真は、撮影現場のデ・セータ)。 2000年末から東京フィルムセンターで開催されたイタリア映画大回顧で、実はデ・セータの長編デビュー作『オルゴソロの盗賊』(Banditi a Orgosolo、1961年)が公開されていることを覚えている人は、果たしてどれくらいいるのだろうか。初の劇映画でありながら、彼の長いキャリアにあっても、相変わらず代表作として知られる作品である。この1本を除けば、デ・セータ監督作品は一切日本で公開されていないのも事実である。珠玉の初期短編ドキュメンタリー10本も、ヴェネツィア映画祭に議論を巻き起こした『半分の男(訳は筆者)』(Uomo a metà、1966年)も、イタリアの学校教育問題を切り取った『ある教師の日記(訳は筆者)』(Diario di un maestro、1973年)も、2006年のヴェネツィアでお披露目された最新作『サハラからの手紙(訳は筆者)』(Lettere dal Sahara)もである。 個人的な話をすれば、僕はドキュメンタリー映画の鑑賞を得意とはしない。苦手とは言わないまでも、作品に対する好みが、劇映画と比較して極端に別れるために、鑑賞に臆病になっている傾向がある。音声言語や字幕で長々と語られると、もう駄目だ。映画を見ている気がしないのだ。ドキュメンタリー映画はどこまでドキュメントであることができるのか? その恐ろしいまでの可能性と悲しいまでの不可能性の間で、僕はいつも揺れるのである。 映画には、まず、「映像で語っていてほしい」という思いがある。映像が語るかどうかの議論はここでは触れないとしても、映画を「読み」たくはないし、なによりもまず、動く(あるいは動かない)映像それ自体に魅せられたい。その意味で、デ・セータの映画は、まずとにかく映像が美しい。短編ドキュメンタリーも、長編劇映画デビュー作も、精神分析を取り上げた作品でも、デ・セータの映像は美しいのだ。その映像の美しさは、ある種の演出でもある。カメラのアングル、移動撮影、役者、ショット内モンタージュ。ドキュメンタリー映画における、劇映画とほとんど同種と言っても過言ではないその演出の存在を、おぼろげにでも自分なりに解釈し理解した時に、可能性と不可能性の間で揺れていた僕は、デ・セータの映画の上で止まった。 デ・セータのドキュメンタリー映画は、現実を取り上げながらも、それをひとつの物語に昇華している。デ・セータの劇映画は、作られた物語でありながら限りなく現実に近いところがあったり、現実のひとつの象徴であったりする。ジャンル分けへの執心や映画を現実とみなすことの危険性を恐れず言えば、デ・セータの映画は総じて、ドキュメンタリーと物語の中間、現実と詩の中間にあるように思える。デ・セータ映画の発見は、ドキュメンタリー映画と劇映画というジャンル分けに、誰よりも拘泥していた僕自身に対するひとつの答えだったのだ。 デ・セータのいくつかの作品に触れて、ドキュメンタリー映画が今までよりも好きになった。山形ドキュメンタリー映画祭などに参加して、自らを鍛える意味でドキュメンタリーを課していた自分から、少しだけ前進(あるいは後退)した気がする。いずれにせよ、ドキュメンタリー映画と呼ばれる未だに良くわからないものに対して、すべての映画をもっと好きになるという意味で、いくらか僕の立ち位置は変わってきた。 フラハティーの『極北のナヌーク』(Nanook of the North、Robert J. Flaherty、1922年)の例を挙げるまでもなく、ドキュメンタリーにも演出があることを知っていた。それを好意的に解釈できるようになったのは、デ・セータ作品との出会いに因るところが大きい。日本でもドキュメンタリー映画に対する気運は、ますますその高まりを見せている。僕のような素人ではない、ドキュメンタリーをこよなく愛する人々の目に、短編10本はどう映るだろうか。あくまで物語映画であるはずの『オルゴソロの盗賊』はどう見えるのだろうか。新作『サハラからの手紙』(下の画像はそのポスター)に対してはどんな言葉が投げられるのか。デ・セータをなんとか日本で見たい、その思いの実現への第一歩として、彼をODCお宝アーティストとして認定することになったのである。 註:大阪ドーナッツクラブでは、既に日本でそれなりに流布してしまっていて、一般化してしまっている表記は別として、原則的に現地イタリア語の発音に忠実なカナ表記を採用しております。デ・シーカとデ・セータの名前は同じ“Vittorio”ですが、ヴィットリオとヴィットーリオというふうに表記に違いがあるのはそのためです。 <文:オールドファッション幹太> |
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