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ドーナッツたちのコラム

悩ましき翻訳の日々
このコーナーの説明
  「悩ましき翻訳の日々」では、第一稿としてざっと訳したものを掲載。荒削りなものを生まれたての姿でご覧にいれてしまいます。その後、メンバーがこの「悩ましき翻訳対談」上(左のリンクからご覧ください)であれやこれやと討議を重ね、完成稿まで練り上げていきます。
  当然ながら、第一稿と完成稿は似ても似つかぬものになることが予想されます。しかし、翻訳作業とはそもそもそういうものです。一般に人が翻訳作品に触れるとき、当たり前のことですが、目にするのは完成稿だけです。翻訳家がどのような経路を辿ってそこに行き着いたのかを知ることはできません。翻訳家の苦悶については想像することしかできません。けれども、翻訳ができあがっていく過程って面白いものだと思うんです。ささやかなりとも日常的に翻訳をしている僕たちはそのことに気づいていたので、そのプロセスそのものを公にしていくことにしました。
  メンバーが翻訳を進めていく上での、あれやこれや、なんやかんや、すったもんだ、てんやわんやをご賞味していただこうと思ったわけです。工場見学みたいなもんです。あれって誰でも多かれ少なかれわくわくしますよね。翻訳に興味がある人もない人も、イタリア語に興味がある人もない人も、そもそも文学に興味がある人もない人も、どうか楽しんでいってください。
『割れないグラス(仮)』下訳

  みなさんご存知のとおり私とテレーザは典型的な倹約家の二人だ。けちというわけではない。それは違う。でも浪費しないことを好んでいる。それなのにマルチェッロときたら、まったくちがった性質をしている。彼のグラスの扱い方では、決して私たちの息子とは言えない。彼はグラスを持って、平気でそれを床にたたき落とすことができる。かかるお金のことなどまったくおかまいなしだ。おそらく年齢があがれば悪い癖も直るだろう。しかしながら今彼は三才だ。グラスはただ単に割れるためのものだと思っている。銀製のグラスを彼に渡してみたが、興味をしめさなかった。私たちと同じグラスじゃないと使わないのだ。私たちのほうでなんでもかんでも銀製のグラスを使って飲むわけにもいかない。彼がグラス一式全部割って、妻が新たに十二個セットのものを買ってきたそのとき、私は名案を思いついた。マルチェッロ用に割れないグラスを一つ買おう。それは私たちのものと同じようなグラスでないといけない。さもないとマルチェッロは使わない。だから事態は簡単ではなかった。しかし方々探し回った結果それをみつけることができた。家に持って帰って、みんなが「割れないグラスだ!」というよりも早く家族の前で実験を成功させてみせた。
  最初の実験では、通常の一式の中の普通のグラスを使ってボール遊びを始めたと信じきった妻と口論するに至ったことを補足として述べておこう。いっぽうで マルチェッロはその実験を大いに楽しみ、その日の内に誰かが止める間もなく 通常の一式のグラスを一つ持ち出して、床に叩きつけてしまった。彼は無罪だ 。例のグラスをけしかけ 、実験したのは私なのだから。だが十二個から十一個にグラスが減ったとしても なんてことはない。



  まったく、 次の日までは万事快調だったんだ。そう、家政婦がこう言いながら私を呼びにくるまでは。
  「テーブルの準備をしなければなりません 。お願いです。 どれが割れないグラスでしょうか?」
  そのまぬけ はそれを食器棚の中に他のグラスといっしょに置いてしまった。だからどれもいっしょに見えるというわけだ。さて、みなさん。 マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困惑 をご想像下さい。
  「このすべたが!」叫んだ。「自分で他のとごちゃ混ぜにしといて、俺にどれか教えて下さいってのか!」
  妻がかけつけてきた。幸運にも彼女はいらいらするほうじゃない。私は何年も探し回ってわざわざそうゆう女を選んだのだ。
  「さあ、始めましょ 」妻が言った。「すぐに見つかるわよ」。
  私たちは最大限注意をしながら グラスを全部調べ始めた。しかしなんの違いもなかった。繰り返そう。私たちの持っている一式のグラス と同一 のグラスをわざわざ探してきたのだ。ついに 妻が言った。
  「これだと思うわ」
  「ううむ…」私は言った。「僕はむしろこっちだと思うな」。
  これよ。こっちだ。これだわ。いや、こっちだね。自分が選んだのが割れないグラスだと信じきった 妻が、それを証明するために床に落としてみる ということになった。それは 私にとっては実に満足いく結果となった。グラスが割れて、私の主張が勝利したのだ。
  「だけどあなたの選んだグラスでもないわよ!」いらいらし始めた妻が叫んだ。
  「ええ、これじゃないってのか!?」わたしは大声で言った。
  ひゅう、グラスは床へ。続いて勝どきの声が。私のではなく、妻のである。彼女はグラスが地に触れるなり粉々に砕け散るのをみて喜々とした。
  「あーあ。こりゃいいや」私は言った。「それじゃあ二つのうちどちらでもなかったってことだ」。
  「そういうことね」妻が困惑しながらうめいた。
  私たちの持っている一式の割れるグラスにまざった不思議な割れないグラスの存在は私たちをいらいらさせた。どれをマルチェッロに渡すんだ? 適当に選ぶとなると、どれだけ間違うかのクイズができる。一つの間違いイコール一つの壊れたグラスだ。
  私たちがまさしくすべきことについて話し合っていると近くの部屋から悲鳴が聞こえた。家政婦が独自の判断で試して、グラスを一つ割ったのだ。通常の一式の中の四つ目だ。事態が好ましいわけではまったくないが、それでも調査の範囲は極めて狭まるという好転をみせた。もはや割れないグラスは残った八つの内の一つだ。八分の七の確率でグラスを壊すというわけだ。確率はすぐさま六に下がった。この数値に勇気づけられた私が新たに試み、それが五回目の失敗に終わったからである。立て続けに妻の試み、家政婦の試みも同様に最悪の結果となった。



  もはや私たちはやけくそで調査を続けた。でたらめにグラスをつかんで「これだ!」と叫んで怒り狂って力いっぱい床にたたきつけた。
  グラスが残り二つだけになり、私はこう提案を打ち出した。
  「もはや、」私は言った。「ばかみたいに全部試すのは意味がない。これら二つのうちの一つが割れないグラスであるのは明らかだ。一つだけ地面に叩きつけよう。割れなかったらそれが割れないグラスということだ。割れたら割れないグラスはもう一方ってわけだ」。
  やってみた。
  割れないグラスはもう一方だ。ついにわかった。残念ながらまさに最後の一個だ。だがようやくそれが証明された。
「僕は、」額にしたたる大粒の冷汗を拭きながら私は言った。「これがそうだってまだ信じられない」。
  「試してみましょうよ」妻が言った。
  床に落とそうとグラスを振りかざした。だが、一抹の胸騒ぎが私を引き止めた。
  「わかることは一生ないね」私は言った。「ひょっとしてこれでもなかったら割れてしまうじゃないか」。
  私たちは細心の注意を払って割れないグラスを安全な場所に置きに行った。

  <下訳:ハムエッグ大輔>


  =出典=
  Il bicchiere infrangibile, in Manuale di conversazione, Achille Campanile
  Rizzoli Editore, Milano, 1973; ora in Manuale di conversazione, Bur libri, Milano, 2001


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