大阪ドーナッツクラブ  >>HOME  >>プロフィール >>お勧めリンク
対談バックナンバー
>>下訳
>>第一回
>>第二回
>>第三回
>>第四回
>>第五回
>>第六回
>>第七回
>>第八回
>>最終回
>>最終稿

お宝アーティストご紹介

ドーナッツたちのコラム

悩ましき翻訳の日々
悩ましき翻訳対談 第三回
ポンデ さて、今回はややこしい話になりそうだけど、一つみなさんにもお付き合いいただこうか、ハムエッグ。
ハムエッグ はい、では行きましょう。
   
対象段落 Abbiamo provato a dargli un bicchiere d'argento, ma non ha voluto saperne. Non beve se non ha un bicchiere come i nostri. E noi non possiamo bere tutti in bicchiere d'argento. Allora, dopo che egli ebbe rotto un intero servizio e che mia moglie ne ebbe comperato un altro per dodici, io ho avuto un'idea geniale: prendere per Marcello un bicchiere infrangibile. La cosa non è stata facile, perché occorreva un bicchiere come i nostri, altrimenti Marcello non beve. Ma dopo molte ricerche ho potuto trovarlo.
下訳 銀製のグラスを彼に渡してみたが、興味をしめさなかった。私たちと同じグラスじゃないと使わないのだ。私たちのほうでなんでもかんでも銀製のグラスを使って飲むわけにもいかない。彼がグラス一式全部割って、妻が新たに十二個セットのものを買ってきたそのとき、私は名案を思いついた。マルチェッロ用に割れないグラスを一つ買おう。それは私たちのものと同じようなグラスでないといけない。さもないとマルチェッロは使わない。だから事態は簡単ではなかった。しかし方々探し回った結果それをみつけることができた。
   
10 E noi non possiamo bere tutti in bicchiere d'argento.
私たちのほうでなんでもかんでも銀製のグラスを使って飲むわけにもいかない。
ポンデ 細かいことなんですよ。
ハムエッグ といいますと?
ポンデ いやね、僕が注目してるのは、 E noi の部分なのね。直訳したら「そして私たちは」となるわけじゃないですか。
ハムエッグ そうですね。まぁ、そこを僕は「私たちのほうで」としたわけですけど、やりすぎました?
ポンデ いやいや、やりすぎではないですよ。むしろ、もっとやったってもいいんじゃないかなと思うんだ。
ハムエッグ はいはい。
ポンデ これね、原文を読みながら腑に落ちない場所だったんだ。「え? なんでE なんて順接の一番シンプルな接続詞をはめ込んでるんだ?」と。「え? どうして E なの?」と。「え? E(え)?」と。
ハムエッグ ああ! シャレですね。わかりますけど、わかりにくいです。
ポンデ 猛省するよ。
ハムエッグ ちょっと流れを整理してみましょうか。マルチェッロ坊やがグラスを割りまくってしょうがないんで、代わりに銀でできたやつを与えてみたんだけれど、見向きもしない。親と同じものじゃないといやなんだと。しかし、そうはいっても、家族全員で銀のグラスを使うわけにもいかないだろうと。
ポンデ そういうことですよ。でね、今問題になってるのはハムエッグの要約で言うと、最後のフレーズのところ。「しかし、そうはいっても」ってつないだでしょ? 逆説なりなんなりの接続詞がいるのよ、これを説明しようと思ったら、それを E だけで処理してるんですよ、カンパニーレは。ちょっと待ってくださいと僕は言いたい。E には荷が重すぎるでしょと。
ハムエッグ 作者にもの申してるわけですね。
ポンデ もの申してるわけですよ。おかしいかな、僕言ってること?
ハムエッグ いや、おかしくはないですよ。確かにそうですから。なんやったら、僕の訳では E は無視してますしね。
ポンデ そうなのよ、それはだめよ。無視は。かわいそうでしょ、ただでさえ、E は重い荷物を背負わされてるわけだから。
ハムエッグ じゃぁ、ポンデさんとしては、この E にちゃんと訳をあてがいたいということですね。
ポンデ そういうことですよ。まぁ、所詮 E だからね、役不足ではあるんだけど、訳が不足するのはだめだろうと。何とかしてあげたいと。
ハムエッグ 出ましたね、うまさが。
ポンデ 出し惜しみはしないからね、そこは。
ハムエッグ さっきの話からすると、じゃぁ、「しかし」とか「そうはいっても」に相当するような言葉ですかね?
ポンデ そういうことでしょうね。「かといって」「だからといって」。その辺かな。
ハムエッグ これはいよいよ荷が重いですね、 E のほうでも「え? 僕?」ってなりますよ、きっと。
ポンデ さりげなくパクるね、君も。いや、でも、そういうことでね、迷いがあるわけよ、僕にも。
ハムエッグ 迷いますね。だいたい、辞書にはそんな意味書いてないないですからね。
ポンデ そうなのよ。でも、さっき確認したように、文脈としては明らかに「かといって」と入れてやらないといけないでしょ。これがね、接続詞も何もなしに「ぽーん」と次のフレーズにいってるということなら、確かに余計なことしたら駄目だなと思うんだけれども、一応あるでしょ、接続詞は。貧弱ではあるんだけど。だから、ここでほんの少しの隙間を置いてるんだよ、作者は。意図は何かと言えば、それしか考えられないもの。E というのは、一番シンプルなぶん、こいつだけでは何もできないかもしれないけど、周りに合わせて色を変えられるというか、カメレオン的な性格があるのよ。だから、器は意外と大きいんですよ。
ハムエッグ 深いですねえ。前回のmaの話にも似ていますが。
ポンデ イタリア人はこの簡素な接続詞の部分に会話で言うと微妙な「間」みたいなものを読み取って、「かといって」というような意味を放り込んでるんじゃないかな、ここへ。
ハムエッグ じゃぁ、そういう間を日本語でも作ったらいいんじゃないですか?
ポンデ いや、それは難しいでしょ? できるかな、そんなこと。
ハムエッグ う〜ん、そうですね。僕はきっとそれが原因で端折ったんでしょうね。
ポンデ 僕はね、翻訳には親切心が必要だとかねがね思っていて、今こそそういったおもんぱかりを出すべきなんじゃないかと。
ハムエッグ 親切も「ありがた迷惑」になったら困るんですけど、ここは確かにそういう面があるかもしれないですね、発揮しましょうか。俺たちのジェントルマンっぷりを。
ポンデ よしきた。
ハムエッグ それじゃ、E に関しては、「かといって」で。noi の部分はどうでしょうね?
ポンデ うん。今のところ、「私たちのほうで」だよね。これね、わかるんですよ。合ってると思うし、わかるんだけど、もうひとつわからないのよ。すっきりしないと言うかね。
ハムエッグ ポンデさんの言い方もすっきりしないですけど、具体的にはどういうところが…。
ポンデ ごめんごめん。これは、要するに、きちっと言えば、「私たちのほうで彼に合わせて」でしょ。平たく言えば、「彼に歩み寄って」という意味でしょ?
ハムエッグ まぁ、そうですね。だけど、そうすると長いから切らないとまずいですよね、原文は noi だけですから。
ポンデ そこなのよ。で、切るとするときにどちらを切るかと言えば、「私たちのほうで」だと思うんだ。原文が「私たち」だから、切りにくいんだけど、わかりやすさを考えると、「彼に合わせて」を生かすべきなんですよ、ここは。「私たちのほうで」だけでも意味がまったくわからないわけではないんだけど、思いやりが足りない感じがするわけね。少し飲み込みにくいのよ。
ハムエッグ ここも親切心ですね。
ポンデ 今回の鍵言葉は「思いやり」だね。
ハムエッグ う〜ん、では思いやりついでに趣向を変えて「彼にあわせて」を「白旗を揚げて」にするなんてどうですか?
ポンデ びっくりしたよ。ほんとに趣向が変わったもの。それはやりすぎでしょ、さすがに。意味を汲んだ上で、さらに君の表現が入ってるもの。しかも、目に見えた形で。
ハムエッグ 確かに。張り切りすぎましたね。じゃぁ、「彼に合わせて」でいきましょうか。
ポンデ はい! よろしくお願いします。
改定案 かといって彼に合わせてなんでもかんでも銀製のグラスで飲むわけにもいかない。
   
11 Allora, dopo che egli ebbe rotto un intero servizio e che mia moglie ne ebbe comperato un altro per dodici, io ho avuto un'idea geniale:
彼がグラス一式全部割って、妻が新たに十二個セットのものを買ってきたそのとき、私は名案を思いついた。
ポンデ 文頭の話なんだけど、このあたりを訳してたときの君は省き癖があるよね。
ハムエッグ う…、確かに Allora は完全に省いてますね。英語で言えば Then でしょうけど。
ポンデ これは省いてはダメよ。だって、文頭に配置してある上に、わざわざコンマで区切ってあるもの。
ハムエッグ 一つの段落でとんとん書いてるけど、実際には時間の流れがあるんだということを感じさせてるんでしょうね。
ポンデ いくら腕白で利かん坊のマルチェッロ君でも、一式割り倒すにはそれなりの時間がかかってるだろうからさ。短編小説って字数が限られてるからね、できるだけ早く、しかも適切に物語の核心に読者を誘導する必要があるよね。一番力点を置きたいところへパッパと持っていく。でも、そのぶん、ポイントへ至るまでの時間の流れにはしかるべき配慮が必要なんだろうね。お膳立てがしっかりしてないと、盛り上がれないから。
ハムエッグ そうですね。じゃぁ、どうしましょう?
ポンデ Allora もいろいろ訳せるからね。可能性は多い。
ハムエッグ 「しばらくすると」、「そうこうするうち」とかかな…
ポンデ 前後との兼ね合いを考えると、「そうこうするうち」はいいよね。
ハムエッグ 時間の経過を感じさせつつも、物語の一貫性というか、話がぶれないですよね、これだと。じゃぁ、Allora については、これでいきますか。
ポンデ はいよ。
ハムエッグ 後はどうしましょうかね?
ポンデ そうねぇ。そんなにないけどね。あ、そうそう、質問させてもらおうかな。 dopo che 〜, io ho avuto 〜 っていうのはさ、まぁ直訳すれば、「〜の後に、私は〜した」みたいなことでしょ? それを「〜したそのとき、私は〜した」という風に強調したのはなんでなの?
ハムエッグ えっと…、強調させたかったからこうしました。答えになってないですね。つまり「〜の後に」でつないだらあまりにもあっさり話しすぎてる気がしたので。
ポンデ なるほどね。語り手のせっかくの名案・妙案を埋没させたくないということか。
ハムエッグ 大丈夫ですかね?
ポンデ うん、いいと思うよ。じゃぁ、せっかくなんで一つ言わせてもらえば、名案という言葉をどうにかしたいね、僕は。まぁ、この彼の案はすぐこけることになるわけだけど、だからこそ、一度持ち上げておくべきでしょ。原文でも誇らしげに geniale(天才的)という形容詞を付けてるわけだし。こういう場合、落差は大きいほうが面白いよね。みなぎる自信がずっこけるんだもの。
ハムエッグ じゃぁ、「天才的なアイデア」ですかね。カタカナを使うのには抵抗もあるんですけどね、俺は。
ポンデ わかるよ、その気持ちは。僕もカタカナを無条件に使うのは好みに合わないタイプなんだけど、ここはさ、ある種バカっぽいほうがいいと思うのよ。本人は「俺に任せとけ」っていうマッチョな自信をてらいもなく表明するんだけど、周りからしたら、「あいつのあの自信はどこから来るんだ?」っていうね。そういう状況には、カタカナが似合うと思うよ。だから、あくまで香辛料として使ってみましょうよ。あれ、僕のこの自信のある物言いが一番バカっぽいかな? 大丈夫?
ハムエッグ またうまいことオチをつけたがりますね〜。大丈夫ですよ。確かに状況によってはカタカナってバカっぽいですよね。しかも天才という言葉との相性がいいのかなあ。『天才バカボン』も天才の後にくるのがカタカナじゃなかったらバカさ半減してる気がする。
改定案 そうこうするうち、彼がグラス一式全部割ってしまい、妻が新たに十二個セットのものを買ってきた。私が天才的なアイデアを思いついたのは、そのときである。
   
12 La cosa non è stata facile, perché occorreva un bicchiere come i nostri, altrimenti Marcello non beve.
それは私たちのものと同じようなグラスでないといけない。さもないとマルチェッロは使わない。だから事態は簡単ではなかった。
ハムエッグ どうですかね、ここは。先に告白しておくと、あまり自信がないところなんですよ。
ポンデ そうなんだ。まぁ、意外と難しいよね、ここは。僕がこの訳を見てまず気になるのはさ、ぶつ切れ感なのよ。原文では一文なのに、コンマごとにきっちり句点を配置してしまって、意味ごとに一文、合計三文にしてるじゃない。結果として、意味は通ってるけど、ちょっと素っ気なくなってるよね。もちろん強引に一文にすればいいというものでもないわけだ。無理をするとどうしても歪みが生まれるからね。この例で言えば、「簡単ではなかった」のくだりは独立した文にしたほうがいいだろうね。
ハムエッグ あと語順なんですけどね。僕の場合、その「簡単ではなかった」という部分を最後に持ってきますよね。それが原文では頭にある。
ポンデ 「〜なので、簡単ではなった」とするほうがいいという判断でしょ?
ハムエッグ そうですね。あんまりでしたかね…
ポンデ いや、そんなことないよ。日本語ではそのほうがやりやすいしね。
ハムエッグ いや、そうなんですよね。やりやすいんですよ。でも、自分でも気になってるのが、この次の文で「方々探し回った挙句、何とか見つけた」という風につながっていきますよね。「難しかった」というのと「見つけた」というのが近すぎるなと思ってたんですよ。イタリア語では適度に離れてるじゃないですか。
ポンデ そうだね。でも、その問題を解決しようとすると、前から訳していかざるを得なくなるね。
ハムエッグ ハードル上がりますよね。
ポンデ うん。越えがたいハードルだね。そうそう、これはさ、前から思ってたことなんだけど、英語でもイタリア語でもいいんですよ、印欧語族に属する言語を日本語に置き換えるときにね、言語の構造が違うからということで、後ろから訳していったらいいんだとかよく言うでしょ。翻訳のテクニックみたいなことで。それはそれで一理あるし、僕もそういう訳し方をすることが往々にしてあるんだけども、多くの技術がそうであるように、杓子定規に何でもそれで対応するのは、さてこれいかがなものかと。だってさ、言語の構造は違っても、特に関係代名詞なんかがいくつも付いたりして一文が長かったりする場合にはね、後ろから訳してしまうと、論理的につじつまが合わなくなるでしょ。順序を入れ替えるわけだから。
ハムエッグ 確かにそうですね。公式化が危険だみたいなことは前にも言ってましたしよね、ポンデさんは。受験の和訳と翻訳の違い、やっぱりありますよね。
ポンデ 確実にある。だって試験では「私はこの構文や文法事項をちゃんと理解できてますよ」っていうことを採点者にアピールすることが一番の目的になっちゃうでしょ、どうしても。だから、妙な訳、珍訳に思えるようなものでも堂々と正解になってしまうことがある。でも、翻訳ではそうはいかないよね。「ちゃんと文法を理解してますよ」なんて訴えなんか必要ない。
ハムエッグ じゃぁ、ここは前から訳してみます?
ポンデ この前の部分で、「割れないグラスを一つ買おう」となるよね。それを受けて、「それは私たちのグラスと同じでないといけない」が来るとね、やっぱりひとつ飛び越えた感じがするのよね。言ってることはわかるんだけど、しっくりこないのよ。なんだか急に冷静になった感じもするしね。だから、前から訳しつつ、語り手の熱も少々込めつつ、訳したいね。なんたって、天才的なアイデアを思いついたわけなんだから。
ハムエッグ どんな感じですかね?
ポンデ 「これが簡単なことではなかった。どうしてって、そのグラスが私たちのと同じようなものでないとマルチェッロは使ってくれないんだから」なんていかがですかね? 一応、前から訳してるから、論理的な展開は守れてるでしょ?
ハムエッグ うーん… いいですね。それって原文に忠実な語順ですよね。結局オーソドックスなものがしっくりくるのかなあ。でも、もう一ひねりいいですか? 原文の La cosa を「これが」と訳されましたが、「こいつが」にしましょう。語り手の熱が持続している感じがさらに出るので。いかがでしょう。
ポンデ そういうのを待ってたんだよ。これでようやくハードルは越えられたようだね。
ハムエッグ まあまあなんとか…
改定案 こいつが簡単なことではなかった。どうしてって、そのグラスが私たちのと同じようなものでないとマルチェッロは使ってくれないんだから。
   
13 Ma dopo molte ricerche ho potuto trovarlo.
しかし方々探し回った結果それをみつけることができた。
ハムエッグ ここは「それ」っていうのが少し気持ち悪いですね。日本語だとこういう場合、代名詞で受けないことが多いような気もするんですけどね。
ポンデ うん、かもしれないね。まぁ、ここは読点がないから余計にそう感じるのもあるんだろうけど、ちょっとあっさりしすぎてるよね。原文がそうなんだから仕方ないといえば、仕方ないけど。代名詞を入れないとしたら、「方々探し回った結果、何とか見つけることができた」みたいな補助が必要だろうね。落ち着きが悪いもの、何もないと。何とか代名詞を入れたいけど気持ち悪いということなら、「それ」と言わずに、はっきり「目当ての品」みたいな言葉をあてがってやるとスムースだよね。どうだろう? ハムエッグの好みもあるし。
ハムエッグ おやおや「目当ての品」ですか。なるほど。日本語の表現方法は多彩なもんですね。元はシンプルな代名詞 lo なのに。
ポンデ こういったレトリックを楽しめるのはのは翻訳冥利につきるよ。
ハムエッグ 確かに。じゃあ「目当ての品」でいきますか!
ポンデ よし、じゃあ今回はこの辺で締めようか。実は第一段落の最後の一文だけ残した形になってしまってるんだけど…。
ハムエッグ ちょっとわけありなんですよね。その難関はまた次回ということで。
ポンデ おつかれさまでした。
ハムエッグ おつかれさまでした。
改定案 しかし方々探し回った結果、目当ての品を見つけることができた。
▲このページのトップへ戻る

大阪ドーナッツクラブへのお問い合わせ・ご質問・ご要望などは、
以下のアドレスまでメールをお寄せください。

info*osakadoughnutsclub.com (*を@に変更してご利用ください)
Copyright 2005-2007 Osaka Doughnuts Club "Almost" All Rights Reserved.