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ドーナッツたちのコラム

悩ましき翻訳の日々
悩ましき翻訳対談 第五回
ポンデ やあ、先日はワインを持って帰ってしまったハムエッグ! 何しにきたんや?
ハムエッグ え、予定通りにこの対談の打ち合わせに来たんですけど…。
ポンデ ほう、今日は手ぶらで来たってわけかい。ええやないか!
ハムエッグ 何か風当たりが強くなってしまったなあ。翻訳作業中はフラットな気持ちでお願いしますよ。
   
対象箇所   Insomma tutto è andato liscio, fino al giorno dopo. Fino a quando, cioè, la donna di servizio non è venuta a chiamarmi dicendo:
  "Debbo apparecchiare la tavola. Per favore, qual è il bicchiere infrangibile?".
  Quell'imbecille l'aveva messo nella credenza, assieme con gli altri. E poiché erano tutti eguali, lascio a voi immaginare il suo ed il mio imbarazzo quando s'è trattato di scegliere il bicchiere da mettere davanti a Marcello.
  "Razza di cretina," ho gridato " prima lo confondete con gli altri e poi volete sapere da me qual è".
下訳   まったく、 次の日までは万事快調だったんだ。そう、家政婦がこう言いながら私を呼びにくるまでは。
  「テーブルの準備をしなければなりません 。お願いです。 どれが割れないグラスでしょうか?」
  そのまぬけ はそれを食器棚の中に他のグラスといっしょに置いてしまった。だからどれもいっしょに見えるというわけだ。さて、みなさん。 マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困惑 をご想像下さい。
  「このすべたが!」叫んだ。「自分で他のとごちゃ混ぜにしといて、俺にどれか教えて下さいってのか!」

   
18 Insomma tutto è andato liscio, fino al giorno dopo.
まったく、 次の日までは万事快調だったんだ。
ポンデ さて、前回の対談では語り手が虚勢を張りかけたところで終わったんだけど、段落が変わってものっけから虚勢を張ってるね。張り倒してる。
ハムエッグ 確かにそうですね。ここはどうですかね? 「次の日までは」の部分を訳では中ほどに挟んでしまいましたけど。
ポンデ そうねぇ、原文通り後ろに回してしまうのも手ではあるけど、そうするなら、「万事快調」云々のところで一度切ることになるだろうね。付け足しみたいな感じで「次の日までは」と来る。確かに「何があったんだ?」と期待は高まるかもしれないけど、その反面で日本語としては少々くどいかなという気もするね。わざわざ独立させてるわけだから。
ハムエッグ なるほど。じゃぁ、ここはそのままにしておきましょう。
ポンデ 僕は insomma の訳について考えてみたいね。重要な言葉だからイタリア語の初級でも出てくるわけだけど、そこで覚えさせられるのは「要するに」という訳だよね。これは in somma と、分けて表記することもあるくらいで、 somma という合計だとか概要・要旨なんかを意味する単語がベースになってるわけだから、「概要で言うと」とか「まとめてしまうと」とか「ざっくり言えば」とかそんな意味になる。さらに進んで、「早い話が」みたいなことにもなるわけだ。
ハムエッグ でも、ここはそういうニュアンスじゃないでしょ?
ポンデ 君の言うとおりだね。ここではむしろ会話なんかで頻繁にお耳にかかる「やれやれ」とか「まったく」とかいった「いらだち感」の表明にかなり近いように思うよ。
ハムエッグ でしょ? そんなわけで、俺は「まったく」にしたんですよ。何か問題が?
ポンデ 取り立てて大きな問題にするほどではないのかもしれないけど、僕はもう少し突き詰めて考えてみたいと思ってさ。確かにこれが「いらだち」寄りの insomma なのは間違いないんだけど、僕にしてみれば「まとめ」のニュアンスも文脈上入れておいたほうがいいんじゃないかと思うんだ。この短編全体の流れからすれば、話の核となる部分はまだ少し先だよね? でも、語り手が思いついた「天才的なアイデア」は既にこの時点で波乱の予兆を十分に秘めていて、実際のところグラスは早速一つ砕け散ってしまっている。まぁ、いい前振りになってるよね。でも、語り手からすれば、そんなことはたいしたことではないということになる。それが僕らの言う虚勢なわけだ。もちろん語り手だって事態が順風満帆ではないということは百も承知なんだ。だからこそ、ほころびを繕おうと言葉に助けを求めてるということなんだろうね。こういったことを考え合わせると、「多少の波風はあったけれど、次の日までは大きな問題にならなかった。何とか踏みとどまっていたんだ」というのが彼の本音なんじゃないかな。だから、そんなこれまでの経緯を踏まえつつ、僕は「そんなことはありつつも」とか「なんだかんだ言っても」とかいう風に、「まとめ」の要素も取り込んでおいたほうが無難じゃないかな、ここは。
ハムエッグ そうかそうか。確かに「まったく」というと、「いらだち」感だけがクローズ・アップされてしまっていて、「いや、まだこの時点では大丈夫だったんだ」っていう語り手の火消しに躍起になる感じが出ませんね。
ポンデ そうなのよ。ここで「まったく」としてしまうと、この言葉だけが宙に浮いたようになってしまって、周囲との調和が取れないんだよね。
ハムエッグ 俺はポンデさんの案の「そんなことはありつつも」を採用したいですね。
ポンデ OK。じゃぁ、そうしよう。しかし、なんだね、こういうことってあるよね。
ハムエッグ 何がですか?
ポンデ いや、ほころびを直そうと手を尽くせば尽くすほどほころびが広がってしまうみたいなことだよ。
ハムエッグ あー… ありますかね?
ポンデ あるさ。
ハムエッグ 言えば言うほど嘘っぽく聞こえるみたいなことですかね?
ポンデ それも広い意味ではこのケースに分類されるだろうね。
ハムエッグ 例えばどんなことがありましたか、ポンデさんの場合は。
ポンデ え? なんでそんな痴態を衆目にさらすようなエピソードは発表しなきゃならないんだよ。
ハムエッグ 痴態なんて大げさだな。いいじゃないですか、別に。あれ、もしかして適当な話が思いつかないだけじゃないでしょうね?
ポンデ え? いや、そんなことはないさ。豊富な人生経験を軸にこの潤滑な舌を駆使して矢継ぎ早に繰り出されるエピソードの的確さには抜群の定評がある僕だ。この大容量の脳内ハードディスクからエピソードが取り出せないなんてことは断じてないんだよ。
ハムエッグ ポンデさん、なんだか言葉遣いがおかしくなってきてますよ。
ポンデ え? いや、そんなことはない。君の思い過ごしだ。
ハムエッグ いやぁ、いみじくも今のポンデさんの態度そのものが「ほころびを直そうとすればするほどボロが出る」といういい例になりましたね。
ポンデ ……。
ハムエッグ まさかこの場でそれを体現してもらえるとは思わなかったな。
ポンデ 降参だ。確かに貧弱な人生体験を思い返してみても、決してほころび直しがうまいほうではなかったな、僕は。思えば家庭科も裁縫になると通信簿に白鳥が舞っていたし…。
ハムエッグ またそうやって「うまさ」で取り繕おうとするんだから。もはやサガですね、それは。
ポンデ これ以上落ち込む前に次へ行っておくれ。
ハムエッグ そうしましょうか。
改定案 そんなことはありつつも、次の日までは万事快調だったんだ。
   
19 "Debbo apparecchiare la tavola. Per favore, qual è il bicchiere infrangibile?".
「テーブルの準備をしなければなりません 。お願いです。 どれが割れないグラスでしょうか?」
ハムエッグ ここはかなりシンプルな箇所ですけど、やっぱり Debbo の部分ですかね、気になるのは。
ポンデ 気になるね、そこは。普通に Devo でもいいものを、わざわざと言うほどのものでもないんだろうけど、 Debbo としてある。やっぱり違いは多少なりとも出すべきじゃないかな。
ハムエッグ どんな違いなんですかね? この家政婦の「いもさ」加減ですか?
ポンデ 「いもさ」ねぇ。かもしれない。でも、はっきり言えるのは、彼女が洗練された丁寧なものの言い方をしてないってことだよね。ただしてないだけなのか、それともできないのか。その辺は微妙なところだろうけど。
ハムエッグ 俺の訳ではかなり丁寧になってますね。
ポンデ そうだね。これは僕の解釈になるんだけどさ、彼は何だったら前からこの家政婦には多少イラついてたんじゃないかな。言葉遣いのいたらなさとかどんくささとかさ。たぶんそれほどひどくはないんだよ。けっしてクビにするほどではなかった。だけど、それがゆえ、些細ないらいらが蓄積することってあるじゃない。
ハムエッグ そこへ「例のグラスがどれかわからなくなった」と言われたんで、彼も噴火してしまったと。
ポンデ そういうこと。だから、本当だったら「しなければならないんですが…」とか言い出しにくそうに切り出さないといけないところなんだけど、ここは「テーブルの準備をしなきゃならないんです」なんて言い方をしてほしいね。
ハムエッグ いいですね。
ポンデ まぁ、いじりだしたらキャラはいくらでも出せるんだろうけど、このあたりでいいんじゃないかな? 「しなくちゃ」でもいいけど。
ハムエッグ いや、「しなきゃ」でいきましょう。
ポンデ 承知しました。あと、 Per favore の部分なんだけどね、訳だけを見てると余計にそう思えてくるんだけど、「お願いします」ってちょっと変じゃない?
ハムエッグ あ、ちょっとどころかだいぶ変ですね。前後を見ると。
ポンデ コロリと意見を変えるねぇ。下訳をしたのはハムエッグだよ。ここでのPer favoreは「すいません」とか「ごめんなさい」とか「申し訳ないんですけど」とかじゃないかなあ、案としてあげられるのは。
ハムエッグ 「申し訳ないんですけど」も後の文章に続くと不自然じゃないですか? それをもってくるなら「教えてください」というお願い文を最後につけ足さなあかん気がする。「すいません」と「ごめんなさい」は微妙な差ですね…。あえて言うなら、この家政婦のように、勤務中に雇い主と会話するという状況下では「すいません」のほうが適当なんじゃないですかね?
ポンデ さすがは、人よりもずば抜けてバイト経験が豊かなハムエッグ。もっともな意見だ!
ハムエッグ …はい。
ポンデ でも、セオリーでは「すいません」のところを「ごめんなさい」と言ってしまうところが、いもい家政婦なんじゃないかな?
ハムエッグ うーん、そう言われたら選べなくなってきます…。じゃあ「ごめんなさい」で!
ポンデ よしきた。あとは後半部分も若干語尾を遊びたいねぇ。「でしょうか?」を「でしたっけ?」なんかにしてみなさいよ。いもい家政婦のいっちょあがりだ!
ハムエッグ のってますね、ポンデさん。確かにこの部分は話者の性格を読み解くというのがキーですね。下訳の段階ではそれができていなかったので、ここはポンデさんの意見に従います。
ポンデ よろしい。
改定案 「テーブルの用意をしなきゃならないんです。ごめんなさい、割れないグラスってどれでしたっけ?」
   
20 Quell'imbecille l'aveva messo nella credenza, assieme con gli altri.
そのまぬけ はそれを食器棚の中に他のグラスといっしょに置いてしまった。
ハムエッグ 言葉が荒くなってきましたね、彼は。
ポンデ うん、だんだんヒートアップしてきたよ。面白くなってきた。自分がまいた種なのに、完全に家政婦のせいにしてるものね。
ハムエッグ こうやって見てると、もうちょっときつくしたいという誘惑に駆られますね。
ポンデ どんなふうに?
ハムエッグ 「そのまぬけ」でなしに、「そのまぬけときたら」といった具合に。
ポンデ おぉ、雰囲気が変わるね、少し。いいんじゃないかな。表情が目に浮かぶもの。青筋立ってるね、これは。「ときたら」を足すことで青筋もプラスされた。じゃぁ、そこはそれでいいとして、僕が気になってるのは「それを」の部分なんだ。
ハムエッグ はいはい。 l’aveva の l’ の部分ですね。割れないグラスを受けて、「それ」。丁寧に訳したつもりなんですけど。
ポンデ わかるよ。ただ、その丁寧さが仇になってる感じも否めないな。取ってしまったほうがいいんじゃないか?
ハムエッグ 取ってしまっても通用しますが…。ここでもl’と原文ではなっているので、ちゃんと訳出してあげたいというのもあります。
ポンデ じゃあ、「それ」の代わりに「例のグラス」なんてのはどう?
ハムエッグ ああ、いいですね。で、重複になるから「他のグラス」の部分を「他の」としますか。あとは何かありますか?
ポンデ 動詞 mettere も「置く」よりは「入れる」のほうが適当なんじゃないの。日常会話的に。
ハムエッグ 「食器棚に置く」「食器棚に入れる」どちらも通じますが、入れるのほうが、他のものにまぎれ込ませるニュアンスが出ますね。いいですね。
ポンデ ようし、これで後は、ちょいちょいっと文章を整理して完成だ。
改定案 そのまぬけときたら、例のグラスを他のと一緒に食器棚に入れてしまったのだ。
   
21 E poiché erano tutti eguali, lascio a voi immaginare il suo ed il mio imbarazzo quando s'è trattato di scegliere il bicchiere da mettere davanti a Marcello.
だからどれもいっしょに見えるというわけだ。さて、みなさん。 マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困惑 をご想像下さい。
ハムエッグ 長い文ですけど、俺は二つに切りました。
ポンデ そうしないと難しいよね。いいと思うよ、僕も。
ハムエッグ 今こうして見てみると、「私と彼女の困惑」のくだりが気になりますね。直訳くさい。
ポンデ ぷんぷんするね、直訳の香りが。どうしようか? 彼らは二人して困ってるわけだけど。
ハムエッグ 「困った顔」なんてどうですか、こうしたら実際に読者も想像しやすいでしょ。
ポンデ 確かに具体的な表現のほうがいいよね、ここは。例によってカンパニーレは「皆さんのご想像にお任せしましょう」なんてことで、ここで読者をぐいぐい引き込もうとしてるわけだから、困惑なんていう概念よりは顔みたいな具体的な身体の一部分のほうが親切だよね。
ハムエッグ じゃぁ、それで決まりだ。次に行きます?
ポンデ ちょっと待った。
ハムエッグ 今日はえらいやる気ですね。
ポンデ そういう日もあるさ。いや、毎度真剣なんだよ、これでも。それはいいとしてだね、僕がとやかく言いたいのは最初のフレーズね。君が「だからどれもいっしょに見えるというわけだ」としてる部分。前後の訳と比較して、この部分がどうもしっくり収まってない気がしてならないんだよね。
ハムエッグ でも、poiche は「〜だから、〜なので」っていう原因とか理由を表す言葉ですよね。家政婦が他のグラスと混ぜてしまったので、どれも一緒に見えてきたということでしょ?
ポンデ そうそう。そうなんだけどさ、これは接続詞を挟んではいるものの文頭に来てるじゃない。理由を表すにしても、何か別の言葉のほうがうまくはまるような気がするんだけどね。
ハムエッグ まあ、確かにここも若干直訳くさくはあります。何かいい案ありますか?
ポンデ 「おかげでどれも同じに見える」なんてどうかなあ。「どれがどれだかわからない」っていう候補も頭に浮かんでいるよ。
ハムエッグ うん、確かにこの話の語り口調、つまりお父さんの口調っぽいですね。
ポンデ この直後に、カンパニーレはボールを読者に投げかけるよね。家政婦と二人して困ってる様子を丁寧に描写してもいいものを、彼はそれを放棄する。もちろん、その描写の放棄自体が修辞になってはいるんだけど、流れからすると、彼は相当イライラきてる。爆発寸前なんだよね、要するに。だから、ここは描写したくない。放り投げてしまう。というわけで、それを考慮すれば、もっと感情のこもった、君の言うお父さん口調のほうがいいんじゃないかな。
ハムエッグ そうですね、それを考えると、「おかげでどれも同じに見える」がしっくりくると思います。じゃぁ、訳はそれでいきましょうか。あと気になったのは時制なんですけど、原文では erano tutti eguali と半過去を使ってますよね。半過去っていうのは過去は過去でも、近過去と違って、過去の一転を客観的に振り返るというよりは、もう一度頭の中でその過去を再生するような臨場感を伴う表現じゃないですか。点というよりは線。それを日本語で表すには、過去のことであっても現在形で訳すのが適当ですよね?
ポンデ 気づいたら無意識に現在形で訳してたね、二人とも。日本語は過去を表現するときのバリエーションがイタリア語と比べて貧弱なせいかはわからないけど、事実として言えるのは、日本語って過去のことを語るときに現在形がぽんぽん出てきたりするじゃない? 臨場感みたいなものかもしれないけど。これって日本語を外国語として学んだら相当苦労するだろうなと思うね。だって、論理的に考えれば矛盾をきたしてるわけでしょ? そして、僕たちみたいに複数の言語間をうろうろしてる人間にとっても厄介な違いとして時に立ちはだかってくるんだよね。今回はこなしていけたけどさ、苦労した経験は何度もあるから。
ハムエッグ そうですね。ところで、「さて、みなさん」の部分なんですけど…。
ポンデ 淳ね。ジュン・浜村でしょ、これ?
ハムエッグ そうです。ローカルなネタかもしれませんが、関西の芸能界の重鎮、浜村淳さんへのオマージュと言うか、パロディーとしてこういう突飛なフレーズを挟んでみました。そういった遊び心ですね。
ポンデ 遊んだね。楽しかったでしょ? でも、こういうのは病み付きになるから気をつけたほうがいいよ。また忘れた頃にきっとやりたくなるからさ。
ハムエッグ 確かにはしゃぎが過ぎましたね。でも、原文では先ほども言われたとおり lascio a voi となっているんで、呼びかけのニュアンスを訳文にも出したいですね。
ポンデ 出したいね。後は、どう自然に織り込むかだ。無難にやるなら、前半は下訳の通りにして、「マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困った顔は皆さんのご想像にお任せしよう」という具合に後半に「皆さん」を持ってくるということになるんじゃない?
ハムエッグ なるほど。いただきました!
改定案 おかげでどれも同じに見える。マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困った顔は皆さんのご想像にお任せしよう。
 
22 "Razza di cretina," ho gridato " prima lo confondete con gli altri e poi volete sapere da me qual è".
「このすべたが!」叫んだ。「自分で他のとごちゃ混ぜにしといて、俺にどれか教えて下さいってのか!」
ポンデ ここは何といっても感極まっての語り手の罵りに尽きるね。おもしろい。何もそんなに怒らなくても。
ハムエッグ 血圧上がってる感じがしますね。ただ、俺はここはちょっと変えたいなと思ってるんですよ、自分でも。「すべた」って、女性を蔑んで言う言葉ですよね?
ポンデ そうだね、とりわけ娼婦なんかをイメージしてみたり、あと単にぶさいくだとかさ。語源はスペイン語やポルトガル語の espada(剣)だって言われてるらしいね。トランプのスペード。それが日本の花札になると点数を稼げない無駄な札「素札」となる。そしてそれが各地方で訛っていくと。以上、広辞苑及び電脳世界からの受け売り情報でした。
ハムエッグ なんか、よくできた話だな。
ポンデ まぁね、語源の話を聞くと、そう思うことってよくあるよね。今の話は通説ってことになってるらしいけどさ。まぁ、いいや。ここで重要なのは、経緯がどうあろうと、意味がどうなってるかだからさ。
ハムエッグ それを考えると、イタリア語の razza di cretina とはちょっとずれるかなという気がしてきますね。cretino/a は「あほ、ばか」とかそういう一般的な罵倒語で、そこへ razza という血とか家系なんかを表す言葉がついてくる。先天的にお前は馬鹿だと言いたいわけですよね。
ポンデ そうね、馬鹿にもいろいろあるわけだ。まぁ、突き詰めればこの cretino なんかはクレチン病という知能発達障害や低身長を引き起こす疾患から来てるんだけど、まぁ、今はそんな背景とはまったくかけ離れたところで使われてる言葉だから、置いておこう。「あほ、ばか」路線でいいんだと思うよ。
ハムエッグ そうですよね、だからやっぱり「すべた」なんていう女性にしか使わない言葉ではない。となると、何がいいですかね、ここは。単純に「とんま」とかですかね。
ポンデ 「とんま」ねぇ。この際だから、いろいろ出してみようか。「うすのろ」とか「あんぽんたん」とか「とんちんかん」とか、惜しまずにいこうよ。
ハムエッグ そうだなぁ、「おかめちんこ」とか「すっとこどっこい」なんかもありますね。
ポンデ 「おかめちんこ」って、君。それを言うなら、「おかちめんこ」だろう。強力なのが来たな、こりゃ。どちらにしても、まず言わない。しかも、「おかちめんこ」だって女性の醜さを罵る言葉だからね。これも当たらない気がするな。「うすのろ」なんてどうだい? なんだかすごい会話になってきたけどさ、「うすのろ」だったら、彼女のどじっぷりを叱るにはもってこいなんじゃないだろうか。
ハムエッグ 却下ですね。
ポンデ おぉ、これは手厳しい。理由はよくわからないが、となると、「すっとこどっこい」あたりが浮上してくるのかな? 江戸っ子っぽいけど。
ハムエッグ これも元はといえば男性を指して言ってた言葉なんでしょうけど、要するに馬鹿野郎に近いですよね? いいんじゃないですか、『「このすっとこどっこい」。私は叫んだ。〜』なんて。
ポンデ 強烈だなぁ、そんなこと言われちゃたまらないだろうな。うん、まぁ、いいんじゃないかな。しかし、こういう罵倒っていうのは面白いよね。文化の違いもあって訳し辛いなと思うこともあれば、「なんだ、基本的には同じ構造なんだな」と思うこともある。
ハムエッグ 例えばイタリアだったら一般的に使われてるのはどんなのがありますかね。
ポンデ おいおい、ネットに載るんだぜ? 勘弁してくれよな…。うーん、市井でよく耳にするのはCavolo!(キャベツ野郎!) Cazzo!(ちんこ!) Merda!(クソ!) Coglione!(金玉!) Testa di cazzo!(亀頭!) Vaffanculo!(カマでも掘りに行け!) Stronzo!(糞!) なんてところじゃない? まあ、状況によって使う罵声も変わるけど。いやぁ、そうそうたるメンバーが出揃ったね。男性器にまつわるものが多いなぁ、こうしてみると。女の子も平気で言ってるけど。あとMortacci tua!(お前の先祖なんて最低だ!)なんていうそれこそ最低のローマ弁もあるね。もちろん、どれも元の意味は失われてるんだろうけどさ、汚いことには変わりないね。
ハムエッグ ああ! 出るわ出るわ、立て板に水を流したように…! でもその上をいくのが、Porco Dio!(神の豚野郎) Porca madonna!(聖母の豚め)なんかの神様を罵ったものですよね。いわゆるBestemmia(神への冒涜)。そこからは、イタリア文化に根付くキリスト教の精神みたいなものも感じます。まあ、それを逆手にとって、ローマ弁の罵倒で吹き替えた「タイタニック」、その名もプッタニックPuttanicなんてコメディーもありますけど。プッターナ(puttana)は売春婦を指す言葉で、それをタイタニックと引っ掛けてるわけですよ。とにかく悪口が多い国だなあ。
ポンデ 不思議だよね。学校では教わらないのに、イタリアに実際住んで、まず耳にする言葉といえば Vaffanculo! なんだから。
ハムエッグ そういえば、友達のイタリア人がおもしろいこと言ってました。「イタリアに住んでる日本人は、怒るときイタリア語で罵倒するよね」って。「日本にはそういう言葉がないのか?」って。
ポンデ うーん、これまで挙げてきた通り、ないわけじゃないんだけど。確かにVaffanculo! を直訳した形で罵ったりはしない。第一、罵りの言葉でもって激高するなんて、そうそうないでしょ。漫画の世界だけじゃないの?
ハムエッグ 漫画における罵倒といえば、『ジョジョの奇妙な冒険』という名作がありまして…。
ポンデ ほう。
ハムエッグ とにかく、登場人物が個性的な、異色の少年漫画なのですが、セリフのひとつひとつもたいへん突飛で、罵倒もまたしかりです。
ポンデ 例えば?
ハムエッグ そうですね。基本的に、闘った敵が最期に負け犬の遠吠えのごとく罵倒を主人公に浴びせるというのが、パターンですけど、「このド低脳のビチグソ野郎がぁぁぁぁあ!」とかね。しかも、あえて女性や、普段はクールだったり優しかったりするキャラに、そのようなセリフを言わせてるんですよ。この表現方法のインパクトはすごいです。是非見習いたいですね。
ポンデ ビチグソはひどいね。実にひどいや。でも、考えてみたらイタリア語でも腹が立つときに pezzo di merda (うんこのきれっぱし)っていう表現があるよね。排泄物にも序列というかヒエラルキーがあるわけだ。学ぶことが多いな。しかし、まぁ、今日のところはこんなもんで…。
ハムエッグ もともと、俺がイタリア語を勉強し始めたのはジョジョがきっかけだったんですよ。第五部の舞台がイタリアで。物語はナポリから始まるけど、最終的にラストボスとは、ローマのコロッセオ付近で闘うんですよ。その証拠に第五部からは表記がJOJOからGIOGIOという風にイタリア語仕様に変化してるんです。
ポンデ ねぇ、あのさ…。
ハムエッグ だから、僕にとってローマに住むという行為は聖地巡礼にも似た感覚があるんです。とにかく、それはすごい死闘でね。まず、ポルナレフが自らのスタンドに矢を刺すことによって、レクイエムの能力が発動して…。
ポンデ ハムエッグ、目を覚ませったら! 脱線してからの勢いは、暴走機関車だったぜ。
ハムエッグ あ! すいません。ついつい熱くなってしまいました。冗談じゃなくて本当に。
ポンデ まったく君には困ったもんだ。じゃあ、最後の部分まとめておこうか。
改定案 「このすっとこどっこい!」私は叫んだ。「自分で他のとごちゃ混ぜにしといて、俺にどれか教えて下さいってのか!」
 
ハムエッグ なんだか俺たち、回を重ねるごとに互いの趣味、嗜好がわかってきましたね。余談が多いからでしょうか。
ポンデ いいのか悪いのか。まあ、次回もよろしくやろうじゃないか。
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