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お宝アーティストご紹介

ドーナッツたちのコラム

悩ましき翻訳の日々
悩ましき翻訳対談 第八回
ポンデ どうも、ポンデ雅夫です。
ハムエッグ ハムエッグ大輔です。実は今日俺の誕生日なんですよ。
ポンデ えぇ! そうなんだ。早めに知らせておいてよ、そういうことは。何も用意してないぞ。とりあえず、お祝いの言葉だけでも送るよ。おめでとう。
ハムエッグ ありがとうございます。享年26歳になりました。
ポンデ 享年って死んだってこと? そこはボケるとこじゃないよ。
ハムエッグ いやぁ、この翻訳をしてる間に一つ齢をとっちゃいましたよ。日進月歩ですね。
ポンデ その言葉の通りだといいんだけどさ。ともかく、翻訳は一日にして成らずだね。僕らがいるローマといっしょだ。
ハムエッグ うまくまとまったところでぼちぼち始めましょうか。
ポンデ うまいかどうかはわからんが、そうだね。やりますか。
   
対象箇所   Stavamo appunto discutendo sul da farsi, quando un grido ci ha raggiunti dalla vicina stanza: la donna di servizio, provando per conto proprio, aveva rotto un bicchiere. Era il quarto del servizio buono. Benché la cosa fosse tutt'altro che piacevole, pure presentava il vantaggio di restringere notevolmente il campo delle ricerche; ormai il bicchiere infrangibile era uno degli otto rimasti; vale a dire che avevamo soltanto sette probabilità su otto di rompere un bicchiere. Probabilità che scesero a sei tosto che io, incoraggiato da questo calcolo, feci un nuovo esperimento, conclusosi con la quinta rottura. Al quale seguirono un esperimento di mia moglie e uno della domestica, altrettanto disgraziati.
下訳   私たちがまさしくすべきことについて話し合っていると近くの部屋から悲鳴が聞こえた。家政婦が独自の判断で試して、グラスを一つ割ったのだ。通常の一式の中の四つ目だ。事態が好ましいわけではまったくないが、それでも調査の範囲は極めて狭まるという好転をみせた。もはや割れないグラスは残った八つの内の一つだ。八分の七の確率でグラスを壊すというわけだ。確率はすぐさま六に下がった。この数値に勇気づけられた私が新たに試み、それが五回目の失敗に終わったからである。立て続けに妻の試み、家政婦の試みも同様に最悪の結果となった。
   
32 Stavamo appunto discutendo sul da farsi, quando un grido ci ha raggiunti dalla vicina stanza: ...
私たちがまさしくすべきことについて話し合っていると近くの部屋から悲鳴が聞こえた。
ポンデ 段落が変わってさ、雰囲気もちょっと変わるよね、ここは。筆致が変わるというほど大げさなものではないんだろうけど、何だろうね、これは。
ハムエッグ 推理小説っぽくなってる気もするんですけどね。パロディーとまではいかないのかもしれませんけど。
ポンデ そんな感じもあるね。悲鳴が聞こえてるわけだし、殺人でも起こったみたいに読めてしまう。ま、当然ながら一瞬だけなんだけど。
ハムエッグ それじゃ、それを考慮に入れつつ、下訳の問題点を探っていきたいですね。
ポンデ あ、これはね、わりとはっきりしてるのよ、僕の中では。それはね、 appunto の位置なんだと思うのよね、ポイントは。
ハムエッグ 下訳では「まさしく」としてあるやつですね。
ポンデ この文でしっかりと表現しないといけないのは同時性でしょ? 何をしなくちゃいけないのか話し合っているという状況と悲鳴が聞こえてくるのがうまい具合にシンクロしてくれないと面白くない。もちろん過去進行形である程度はその同時性が表現できているんだけれど、appunto は言ってみればダメ押しというか、意味がぶれないようにきっちり補強する役割を担ってると思うんだよね。
ハムエッグ なるほど。 appunto がタイミングを合わせてくれてるわけですね。だとすると、この下訳ではやっぱり弱いですね。「まさしく」としたのはいいにしても…、いや、あんまり良くないですね、これは。あれ、どうしてですかね?
ポンデ 「まさしく」って、もしかしたら時間の強調には使わないんじゃないの? 例文が思い浮かばないもの。
ハムエッグ そうなんですかね。かもしれないですね。じゃぁ、「まさに私たちが何をすべきか話し合っていた時、〜」という具合に訳では文頭に持ってくるのはどうですかね? 「まさしく」でなしに、「まさに」として。
ポンデ う〜ん、悪くはないんだけどね…。「まさに」としたのはいいと思うんだけどさ、「〜していた時」までが遠すぎて同時性の強調としては不十分なんじゃないかな。
ハムエッグ 確かにだいぶ離れましたもんね。だったらですね、「私たちが何をすべきか話し合っていたまさにその時、〜」という具合に後ろに持ってきて、叫び声のくだりとのクッションに使うっていうのはどうですか? 「まさにその時」とすることで、一歩間違えればうるさいくらいかもしれないですけど、肝心の同時性はぶれないんじゃないですか。どうでしょう。
ポンデ いいんじゃないの? 異論はないね。これでいきますか。
ハムエッグ はい、そうしましょう。
改定案 私たちがどうしようか話し合っていたまさにその時、近くの部屋から悲鳴が聞こえた。
 
33 ... la donna di servizio, provando per conto proprio, aveva rotto un bicchiere.
家政婦が独自の判断で試して、グラスを一つ割ったのだ。
ハムエッグ まず硬いですよね、これ。
ポンデ そうだね。「独自の判断で試して」(per conto proprio)の部分でしょ?
ハムエッグ そこですね、まさに。
ポンデ この conto っていうのも結構うっとうしい単語だよね。単独で使われる限りでは計算とか勘定・会計、あるいは口座っていうような数字に関わる言葉ということでそんなに複雑ではないんだけど、問題は慣用句が多いことだよね。辞書を開けると嫌になるもの。
ハムエッグ わかりますよ。他の単語と結びついた途端に急に意味が広がっていきますよね。
ポンデ じゃぁさ、辞書でずらずら挙がってる中でも特にこれは外せないっていうものをローマ生活も長い君がいくつか紹介してくれると嬉しいね。
ハムエッグ なんですかそれ?? まったくポンデさんはそういう役回りをすぐに俺に押し付けるんですから…。
 rendersi conto di 〜(〜に気づく、〜を理解する)
 tenere〜in conto di …(〜を…と見なす)
 ad ogni conto (いずれにせよ)
 per conto proprio (本人のために、独立して)
 rendere conto di 〜 a …(〜について…に報告・釈明する)
 tenere conto (書き留める)
などですかね。結構目にする、耳にするけどなかなか使いこなすことができない荒馬 conto。
ポンデ いやいや、なかなかあっぱれだったね。参考になったよ。で、ここで使われてるのは per conto proprio だということだよね。「自分のために」という意味もあるんだけど、この場合は「独立して」とか「ひとりでに」あたりが近いのかな。
ハムエッグ そうでしょうね。下訳でも使いましたけど、独自の判断というか、勝手にやっちゃったわけですね。
ポンデ あれ、その「勝手に」というのはいいじゃない。要するに家政婦ともあろうものが主人の許可も得ずに「勝手に先走ってしまった」ということでしょ。
ハムエッグ 「勝手に先走る」。面白いですね。でも「先走る」っていう動詞自体に「勝手に」という副詞が内包されている気もしますが…。
ポンデ 内包されてるね。「先走る」と言った時点で、許可は取ってないものね。じゃぁ、「先走る」オンリーで行きますか。
改定案 家政婦が先走り、グラスを一つ割ったのだ。
 
34 Benché la cosa fosse tutt'altro che piacevole, pure presentava il vantaggio di restringere notevolmente il campo delle ricerche; ...
事態が好ましいわけではまったくないが、それでも調査の範囲は極めて狭まるという好転をみせた。
ハムエッグ ここは実は結構悩んだんですよ、下訳のときに。特に「調査の範囲」(il campo delle ricerche)の部分なんですけどね。
ポンデ いや、でも僕はこの訳はそんなに問題ないと思うよ。いよいよグラスの問題が大ごとになってきたというのがわかるからね。このいい意味での硬さがそれを余すことなく表現してるわけよ。
ハムエッグ なるほど。でも、やっぱり何か物足りないんですよね。
ポンデ もしかすると、32のところで言ってた推理小説風の面白さみたいなものをここでも出してやるといいのかもね。
ハムエッグ といいますと?
ポンデ いや、些細なことなんだけどさ、例えば調査を捜査に変えるだけで雰囲気も少し変わると思うんだよ。
ハムエッグ あ、確かにそうですね。いいですよ、それいただきます。
ポンデ どうぞ、召し上がれ。
改定案 事態が好ましいわけではまったくないが、それでも捜査の範囲は極めて狭まるという好転をみせた。
 
35 ... vale a dire che avevamo soltanto sette probabilità su otto di rompere un bicchiere.
八分の七の確率でグラスを壊すというわけだ。
ハムエッグ 絶望的な確率ですね、考えてみると。
ポンデ それなんだよ、僕がこの部分で強調しないといけないと思ってるのは。
ハムエッグ おっと、まずは外堀を埋めるところから始めようと思ったら、いきなり天守閣にたどり着いちゃいましたかね?
ポンデ 迂回するつもりがショートカットだったということだね。
ハムエッグ いや、そこの表現は何でもいいんですよ。どういうことなんですか?
ポンデ ごめん、ついつい悪い癖が…。ハムエッグがさっき「考えてみると」って言ったじゃない。それがこの下訳で欠けてるところなんじゃないかな。
ハムエッグ もしかして vale a dire che〜 のところですか?
ポンデ そうそう。これって前のフレーズと後ろのフレーズをイコールで結ぶ役割でしょ? だから、その蝶番的な役目をきっちり果たさせないと。
ハムエッグ 確かにこれだと前とのつながりが弱くなってぶつ切りの印象を与えますね。
ポンデ 直訳でなくてもいいんだけど、何らかのつなぎは入れてやらないとぼそぼそになっちゃう。蕎麦みたいなもんさ。
ハムエッグ 蕎麦、食いたいですね。
ポンデ 君もなんかうまいもん出しなさいよ。
ハムエッグ そうですねぇ、ここは言い換えですよね、要するに。だから、あっさりいくなら「つまり」とかになるんでしょうけど、これではたとえ入れたとしてもあまり意味がないですね、弱すぎて。
ポンデ おっしゃる通り。
ハムエッグ じゃぁ、「逆に言えば」なんてどうですか? ちょっと流行り言葉みたいでためらいもあるんですけど。
ポンデ まぁ、確かによく使われるようになった気がするね。別に統計があるわけじゃないから正確にはわからないけど、そんな気はするよ。しかも、「君、今何をどう逆に言うたんや!」なんてこともしばしばで。
ハムエッグ 俺もやっちゃってるかもしれないですけどね。
ポンデ まぁ、僕もしでかしてるかもね。
ハムエッグ ちょっと、2人して反省してる場合じゃないですって。結局、「逆に言えば」はどうなりますか?
ポンデ 僕はありだと思うよ。だって、この直前で「割れないグラスはもはや残った八つの内の一つだ」と言ってるんだから、まさしく「逆に言えば」でしょ?
ハムエッグ 本当ですね。文字通りだ。じゃぁ、これでいきますか。
ポンデ あと1つだけ注文をつけさせてもらうと、動詞をさ、「壊す」じゃなくて「割る」に変えたほうがいいんじゃないかな。だってグラスなんだから、素直に考えれば「割る」を使うほうがいいだろうし、あえてひねる必要性も見当たらないから。
ハムエッグ 異議なしです。そうしましょう。
改定案 逆に言えば、八分の七の確率でグラスを割るということになる。
36 Al quale seguirono un esperimento di mia moglie e uno della domestica, altrettanto disgraziati.
立て続けに妻の試み、家政婦の試みも同様に最悪の結果となった。
ポンデ どこか歯がゆいね、ここは。
ハムエッグ 確かに気持ち悪いですね、どこか。どこなんですかね?
ポンデ 個々の要素はいいと思うのよ。「立て続けに」なんて悪くない。でも、全体としてはやっぱり良くない。順列組み合わせが悪いんだろうね。それを考え直しつつ、個々の単語の訳も調整していこうか。
ハムエッグ それって結局全部変えるっていうことじゃないですか?
ポンデ 結果的にはそうなるかもね。
ハムエッグ これは覚悟の上での出陣ですね。あと一部分で揃うルービックキューブを崩すみたいな感じだ。じゃぁ、まずは俺から切り込ませてもらいますと、「妻の試み、家政婦の試み」(un esperimento di mia moglie e uno della domestica)の部分なんですけど、この「試み」がいまいち気に食わないんですよ。何か別の言葉で言い換えられないですかね? もっと言えば、いい単位ってないですかね?
ポンデ 単位? あぁ、un とか uno とか数えてるからね。これって確か15のところで話し合ったと思うんだけど、ピッチャー風に一投とするんじゃなかったかな?
ハムエッグ 確かに厳密に言えば投げてはいないんでしょうけど、言葉も面白いし、感じが出てると思うんですよね、この単位は。振り返って自画自賛ですけど。
ポンデ まぁね。で、問題はこの単位をどうやって他の単語と馴染ませていくかってことだけど。
ハムエッグ 「妻の一投、家政婦の一投がそれに続いたものの、同様に最悪の結果となった」なんてどうですか? 「〜続いたものの」として含みを持たせて次へつなぐ作戦に出てみたんですけど。
ポンデ いや、それは非常に良かったんだけど、今度は「同様に最悪の結果となった」がかなり浮いてきたね。落ち着きも最悪だ。
ハムエッグ もっとこなしたいですね。
ポンデ 「同じく痛い目に遭った」とか「なしのつぶてだった」とかさ。「まるで駄目だった」でもいいかもしれないね。シンプルに。
ハムエッグ 俺は「てんで駄目だった」を考えてたんですけど。
ポンデ あ、それでもいいんじゃない?
ハムエッグ いや、俺としては「まるで駄目だった」が一番いいですね。
ポンデ あ、そう? 気に入ったなら、それでいくのがいいだろうね。
ハムエッグ 何とかまとまりましたね。生きて帰って来れました。やっぱり覚悟を決めることも必要ですね、第2稿では。
改定案 妻の一投、家政婦の一投がそれに続いたものの、まるで駄目だった。
ハムエッグ いよいよ物語も佳境を迎えます。
ポンデ クライマックス近し。乞うご期待だね。じゃあハムエッグ、26歳の抱負を聞いて今日はお別れしようか。
ハムエッグ 抱負ですか! 食生活に気を配ることですかね。今日も朝から切り売りピザ一枚しか食べてないですし。
ポンデ なるほど、ではハムと卵も食べるようになさい。
 
(註:この対談は6月5日におこなわれました)
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