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| 『割れないグラス』 アキッレ・カンパニーレ 訳:ハムエッグ大輔 監修:ポンデ雅夫 | |
| みなさんご存知のとおり、私とテレーザは典型的な倹約家の二人だ。けちというわけではない。そうじゃない。ただ無駄遣いをしたくないだけのことだ。なのにマルチェッロ坊やときたら、こちらのことなどおかまいなし。彼のグラスの扱いを見るにつけ、ほとほとうちの子とは思えなくなる。なにしろグラスを持つなり平然と床にたたきつけるのだから。金がいくらかかるかなんて気にも留めない。年齢が上がれば、おそらくそんなおいたもしなくなるだろう。しかしながらこの子はまだまだ三才なわけで、グラスはただただ割れるためにあるものだと思っている。試しに銀製のグラスを渡してみたが、彼は何の興味も示さなかった。私たちと同じグラスじゃないと使わないのだ。かといって、彼に合わせてすべてを銀製のグラスにするわけにもいかない。そうこうするうち、彼がグラス一式全部割ってしまい、妻が新たに十二個セットのものを買ってきた。私が天才的なアイデアを思いついたのは、そのときである。マルチェッロ用に割れないグラスを一つ買おう。でもそれは、私たちのグラスと同じようなものでないといけない。さもないとマルチェッロは使わないってわけだ。こいつはそう簡単ではなかった。しかし方々探し回った結果、目当ての品を見つけることができた。それを家に持って帰って、家族の前で実験を成功させてみせた。割れないグラスだぞ、と宣言することなしに。 付け加えて言っておくと、第一投において妻とやりあうことになってしまった。彼女は私が割れるグラスでボール遊びを始めたと信じきったのである。いっぽうマルチェッロはその実験を大いに楽しんだ。そして、その日のうちに割れるグラスを一つ持ち出し、止める間もなく床に叩きつけてしまった。私が特別なグラスで実験してたのを彼は知らなかったのだ。でもなんてことはない。十二個から十一個にグラスが減ったところで。 そんなこんなで、次の日までは万事快調だったんだ。そう、家政婦がこう言いながら私を呼びに来るまでは。 「テーブルの用意をしなきゃならないんです。ごめんなさい、割れないグラスってどれでしたっけ?」 そのまぬけときたら、例のグラスを他のと一緒に食器棚に入れてしまったのだ。おかげでどれも同じに見える。マルチェッロの前に置くグラスを選ぶとなったときの私と彼女の困った顔は、皆さんのご想像にお任せしよう。 「このすっとこどっこい!」と私は叫んだ。「自分で他のとごちゃ混ぜにしといて、俺にどれか教えて下さいってのか!」 妻がかけつけてきた。幸運にも彼女はいらいらするほうじゃない。何年も探し回って、私はわざわざそういう女を選んだのだ。 「さぁさ」と妻が言った。「すぐに見つかるわよ」 私たちは細心の注意を払って、すべてのグラスを調べ始めた。しかし何の違いもなかった。繰り返そう。私はわざわざ元のとそっくりの割れないグラスを探してきたのだ。ついに妻が口を開いた。 「これだと思うわ」 「ううむ…」と私はうなった。「僕はむしろこっちだと思うな」 これよ。こっちだ。これだわ。いや、こっちだね。妻は自分のが割れないグラスだと信じて疑わない。かくして、彼女が床にそれを落として見せることになった。その結果は、私にとっては、実に満足いくものだった。グラスが割れるのを目の当たりにし、私の主張が勝利を収めたのだ。 「だけどあなたの選んだグラスでもないわよ!」といらいらし始めた妻が叫んだ。 「ええ、これじゃないってのか!?」と私は怒鳴った。 ひゅう、グラスは床へ。続いて勝どきの声が。私のではなく、妻のである。彼女はグラスが地に触れるなり粉々に砕け散るのを見て喜々とした。 「あーあ。こりゃいいや」と私は言った。「それじゃあ二つのうちどちらでもなかったってことだ」 「そうみたいね」と困惑した妻が苦し紛れに言った。私たちのおそろいのグラスに紛れ込んだ割れないグラス。その不審な存在に私たちは落ち着きを失い、苛立ちを覚えた。どれをマルチェッロに渡すのか? あてずっぽうでいくと、正解するか間違えるか、どちらに転ぶかわからない。そして、一つしくじるごとに、グラスが一つ割れていく。 私たちがどうしようかと話し合っていたまさにその時、近くの部屋から悲鳴が聞こえた。家政婦が先走り、グラスを一つ割ったのだ。割れるグラスの四つ目だ。事態が好ましいわけではまったくないが、それでも捜査の範囲は極めて狭まるという好転をみせた。割れないグラスはもはや残った八つの内の一つだ。逆に言えば、八分の七の確率でグラスを割るということになる。確率はすぐさま六に下がった。というのも、その数値に勇気づけられた私が新たに試み、それが五回目の失敗に終わったからである。妻の一投、家政婦の一投がそれに続いたものの、まるで駄目だった。もはや私たちはやけくそになって捜査を進めた。各自でたらめにグラスをつかんで、「これだ!」と叫び、怒りに任せて床に叩きつけた。 グラスがいよいよ二つだけになったところで、私は重々しく切り出した。 「もはや」と私は言った。「ばかみたいにこのまま続けるのには意味がない。このどっちか一つが割れないグラスなのははっきりしてるんだ。地面に叩きつけるのは一つだけにしよう。割れなけりゃ、それが割れないグラスってことだし、割れちまえば、割れないグラスは残ったほうってことだ」 やってみた。 割れないグラスは残ったほうだ。ついに審判が下された。残念ながらまさに最後の一個だったわけだが、事実は動かぬものとなった。「僕には」と額にしたたる冷汗を拭きながら言った。「まだこれだとは信じられない」 「試してみましょうよ」と妻が言った。 私は床に投げつけようと、グラスを振りかざした。だが、一抹の不安が私を引き止めた。 「わからないぜ」と私は言った。「万が一これでもなかったら、一巻の終わりだ」 私たちは用心に用心を重ねて、割れないグラスを安全な場所に置きに行ったのだった。 =出典= Il bicchiere infrangibile, in Manuale di conversazione, Achille Campanile Rizzoli Editore, Milano, 1973; ora in Manuale di conversazione, Bur libri, Milano, 2001 |
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